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株式会社 八戸鉄工所

経験・免許不問 
Uターン歓迎!

工事管理・作図・溶接工・技術営業・現場監督(補助)・機械工 リクルート

Uターン歓迎

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代理店 サービスショップ 特約店

創立者
田村義三郎
(1902 〜 1982)
田村義三郎

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工事管理・作図・溶接工・技術営業・現場監督(補助)・機械工

業種共有

採用後の待遇求人

基本給、昇給、賞与、諸手当(通勤手当、役職手当、不要手当)など詳しくはハローワークへ


労働時間 8:00~17:00(実労働時間7時間30分)
休憩時間 10:00~10:15、12:00~13:00、15:00~15:15、合計90分
早出・残業 有り(月平均10時間程度)
休日出勤 有り(代休または振替を原則)
休日 年間93日
(日曜、祝日、夏季休暇、年末年始休暇、その他年間休日カレンダーによる)
年次有給休暇 10日(入社0.5年)、11日(入社1.5年)、
12日(入社2.5年)、14日(入社3.5年)、
16日(入社4.5年)、18日(入社5.5年)、
20日(入社6.5年)
指定有給休暇 年間10日
特別休暇 結婚休暇、出産休暇、忌引休暇、生理休暇、他
加入保険 雇用保険、労災保険、健康保険、厚生年金保険
福利厚生 労災上乗保険、中小企業退職金共済、財形
定年制度 一律満60歳
再雇用制度 希望する場合は65 歳まで

業種共有

連絡先、書類送付先

〒039-1161 青森県八戸市大字河原木字北沼15番地7
株式会社八戸鉄工所 総務部 宛
TEL.0178-28-3830 FAX.0178-28-9868

会社案内

社 名 株式会社八戸鉄工所
本社・工場 青森県八戸市大字河原木字北沼 15-7 TEL.0178-28-3830 FAX.0178-28-9868
創 業 大正7年8月
資本金 8,000 万円
従業員 55名  (2022年 8月現在)
社是

代表挨拶

近年、電子工学技術の広汎な普及は、機械或いは設備関係分野にも大きな影響を与え、 社会環境はまさに秒速の単位で推移している現状にあります。
このような急テンポの社会ニーズに的確に応えるためには、御得意様に永く信頼され る商品の製造、コストの低減、品質の向上及び新技術の創造・ 開発が必要なことは勿論でございます。
弊社は、大正7年創業以来、格別の御指導並びに御支援によりまして、製罐・フィッ シュミールプラント・鉄骨製作を中心として、技術の研鑽と サービスの向上を図ってまいりました。これからも、潤いと活力のある豊かな地域社 会を創造するために、発想の転換をはかり、なおいっそう技術 力の開発・サービスに努め、ユーザーの方々に御満足を得られる良き仕事を推進して 参ります。
今後とも、何卒よろしく御引立の程を御願い申し上げます。

2013 年 4 月 1 日
株式会社八戸鉄工所
代表取締役 田村 嘉章

許可・認可

【一般建設業許可・青森県知事許可】
 ・機械器具設置工事業
 ・鋼構造物工事業
 ・建築工事業
 ・管工事業
 ・土木工事業
 ・消防設備工事業
【全国鐵構業連合会認定】
 TFB M-110122 号
 八戸鉄工所一級建築設計事務所(青森県知事登録第 1378 号)


役 員

代表取締役社長  田村 嘉章
常務取締役    田村 滋敏
取締役      大志民 稔
         平 正則
         蝦名 智之
相談役      舘 正蔵
監査役      西舘 清司

会社沿革

大正7年8月創 業
昭和 10 年4月八戸鉄工場創設
昭和 23 年 12 月株式会社八戸鉄工所として法人化、資本金 100 万円 昭和 44 年2月八戸鉄工団地内に製缶・鉄骨工場を建設
昭和 45 年6月資本金 200 万円に増資
昭和 46 年8月資本金 500 万円に増資
昭和 49 年6月資本金 1,000 万円に増資
昭和 50 年6月資本金 2,000 万円に増資
昭和 51 年6月資本金 1,500 万円に増資
昭和 56 年 11 月八戸鉄工団地内に機械・電機工場を建設
昭和 58 年6月資本金 2,500 万円に増資
平成3年5月資本金 3,000 万円に増資
平成5年4月八戸鉄工団地内に本社事務所を移転
平成 12 年2月資本金 5,000 万円に増資
平成 14 年1月 二戸営業所新設
平成 22 年1月資本金 8,000 万円に増資

設備・資格者

1級建築士 2
1級建築施工管理技士 3
2級建築施工管理技士 5
1級土木施工管理技士 6
2級土木施工管理技士 1
1級管工事施工管理技士 1
2級管工事施工管理技士 1
監理技術者 7
鉄骨製作管理技術者 1級 3
鉄骨製作管理技術者 2級 3
建築鉄骨製品検査技術者 3
非破壊試験技術者 超音波探傷試験レベル2(UT2) 1
非破壊試験技術者 超音波探傷試験レベル1(UT1) 1
建築高力ボルト接合管理技術者 3
鉄骨工事管理責任者 3
溶接管理技術者 WES1級 2
溶接管理技術者 WES2級 5
JIS溶接技能者 アーク溶接 7
JIS溶接技能者 半自動溶接 8
JIS溶接技能者 ステンレス溶接 3
1級鉄工技能士 (構造物鉄工作業) 2
1級機械技能士 (普通旋盤作業) 1
クレーン運転士 1
ボイラー整備士 2
2級ボイラー技士 2
普通ボイラー溶接士 2
ガス溶接作業主任者 3
第一種衛生管理者 3
第一種衛生管理者 3
第2種あと施工アンカー施工士 2
第三種電気主任技術者 1
危険物取扱者 6
動力プレス機械特定自主検査事業内検査者 1
天井クレーン定期自主検査者 1
KYTリーダー 9
安全衛生推進者 3
消防設備士 2
第1種消防設備点検資格者 2
第2種消防設備点検資格者 2
防火対象物点検資格者 1
可搬消防ポンプ等整備資格者 2
車両系建設機械(整地・運搬・積込み用及び掘削用)運転技能講習 8
車両系建設機械(整地・運搬・積込み用及び掘削用)運転技能講習 8
不整地運搬車運転技能講習 8
高所作業車運転技能講習 16
フオークリフト運転技能講習 5
玉掛け技能講習 34
床上操作式クレーン運転技能講習 23
小型移動式クレーン運転技能講習 22
ガス溶接技能講習 24
地山の掘削作業主任者技能講習 1
土止め支保工作業主任者技能講習 1
型枠支保工の組立て等作業主任者技能講習 1
足場の組立て等作業主任者技能講習 14
建築物等の鉄骨の組立て等作業主任者技能講習 9
鋼橋架設等作業主任者技能講習 2
ボイラー取扱技能講習 4
プレス機械作業主任者技能講習 1
乾燥設備作業主任者技能講習 1
酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者技能講習 14
特定化学物質等作業主任者技能講習 7
有機溶剤作業主任者技能講習 8
特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習 8
低圧電気取扱業務に係る特別教育 7
アーク溶接等の業務に係る特別教育 17
粉じん作業特別教育 17
自由研削用といしの取替え等の業務に係る特別教育 17

業務内容

工場・倉庫・事務所・一般住宅・体育館等

工場内
工場内
原寸室
原寸室
八戸地域広域市町村圏事務組合新清掃工場(櫛引)
八戸地域広域市町村圏事務組合
新清掃工場(櫛引)
日本原燃(株)六ヶ所事業所再処理施設ボイラ建家新設
日本原燃(株)六ヶ所事業所
再処理施設ボイラ建家新設
六ヶ所原燃PRセンター 鉄筋工事
六ヶ所原燃PRセンター 鉄筋工事
リサイクルパークあさお(川崎市)
リサイクルパークあさお(川崎市)
キクチ商会桔梗野工業団地新築工事
キクチ商会桔梗野工業団地新築工事
協同組合八戸流通基地(有)エムテーシー流通基地新築工事
協同組合八戸流通基地
(有)エムテーシー流通基地新築工事
中部清掃組合 ごみ処理施設リサイクルセンター(滋賀)
中部清掃組合
ごみ処理施設リサイクルセンター(滋賀)

各種機械加工・重電機器のメンテナンス

第二工場内(機械・電機)
第二工場内(機械・電機)
ミーリングマシン(型削盤)
ミーリングマシン(型削盤)
旋盤
旋盤

建築鉄骨・橋梁・歩道橋・水門・鉄塔等の設計・製作・据付

第三工場内
第三工場内
創立者経歴

現場体験が独創性生む

1924年(大正13年)5月16日未明、八戸町本鍛冶町の経木(きょうぎ)工場から出火した火は折からの西風にあおられ 一気に火勢を増した。赤々と燃え上がる炎は防火線を次々突破。中心街を6時間にわたって焼き尽くし、町に壊滅的な 打撃を与えた。町全体の四割に当たる民家1393戸が燃失、死者4名、重軽傷者183人。「八戸大火」である。

同町十一日町で家業の鉄工所をてつだっていた田村はこのとき22才。 二十日町前に妻チヨと結婚式を挙げたばかりだった。当時は川、沼の水をくみ上げ手押しポンプで放水するのが一般的。 あまりの火勢いになすすべなく逃げ出す消防団も出るほどで、田村は水でぬらした布団を掛けて購入したてのモーター 1台を守るのが精一杯だった。

設計にに寝食忘れ

「機械いじりが好きだった私は大火の後、もう手押しポンプではダメだTP考え、家業の傍ら、何かないかと頭をひね った」田村は後にこう回想した。八戸大火は田村が消防機材の開発・改良に執念を燃やすきっかけとなった。

尋常高等小を出ただけの田村の口癖は「若いときにもっと勉強しておけばよかった」しかし、いったんアイディアが浮 かぶと、とことんまで追求しなければ気が済まなかい性分だった。方眼紙とノギス、スケールを持って机の前に座ると 寝食を忘れて設計に没頭した。八戸市消防団三分団一班で田村と共に消化活動にあたった元八戸地域広域市町村圏事務 組合消防本部消防長の西村和男氏は「あいさつされても気付かないほどの集中力で、どうすれば消化がはかどるか四六 時中考えていた」と懐かしむ。

ヘンリー・ミラーとの出会い

1929年、独シーメンス社の技師ヘンリー・ミラーとの出会いは 田村に技術者としての転機をもたらした。 八戸火力発電所に招かれたミラーは、田村ら三人を助手に雇い 千二百万馬力ディーゼルエンジンの組み立て工事を担当。 ミラー氏は作業中に部品を落とした助手は即クビにするほど仕 事に厳格さを求めたが、田村の腕を見込んで翌年は秋田県増田 町の火力発電所にも同行させた。「技術の基本は全部ここで学 んだ」と田村は後年、周囲に語っている。

昭和13年春 八戸吹上火力発電所
昭和13年春 八戸吹上火力発電所

タンク付消防ポンプ車の開発

昭和23年夏 国内初の消防タンク車製作
昭和23年夏 国内初の消防タンク車製作
(中央 北村益氏 右端 田村義三郎)

田村の名を一躍有名にしたのが1947年のタンク付消防ポンプ車の開発。田村は1935年に創業した八戸鉄工所を株式会社 に改組、初代社長に就任していた。当時の消化活動はいかに迅速に水を確保できるかが明暗を分けた。タンク付消防ポ ンプ車は貯水槽がない場所でも初期消火を可能にした。戦後の極端な物不足で車体入手に苦労したが県出身の苫米地義 三運輸大臣を拝み倒して「いすゞTX80」(五トン、八十馬力)を確保。東京の大手メーカーから呼び寄せた技師に詳細 な設計書を書かせた。前例のない消防車だけに多くの障害があった。

五トンの車に三トンも水を積めばカーブでひっくり返るに決まっている・・・タンク内に仕切板を多数取り付け、水の働きを抑えれば心配ない・・・麻製のホースでは放水の水圧に耐えられない・・・タンクとホースの間にバイパス管を取り付け、水圧を抑えればいい・・・

技師の懸念に対して田村は独創的なアイディアを次々と披露二日間かけて技師を説得した。費用四十万は寄付金で賄うため、奉加帳を手に町内を駆けずり回った。

翌1949年には、タンク付消防ポンプ車に送水する補給車を開発。 米軍の払い下げ車を活用した。タンク付消防車の後に補給車が駆 けつける「ペア戦術」は、消防戦術の基本として八戸から全国に 広まった。

1956年に消防講習所(消防庁消防大学校の前身)で研修を受けた がペア戦術は地方の研究家によって考案されたものだと 話題になっていた」と西村氏。

現在、放水ノズルの主流となっている「展開式噴霧ノズル」の原 型となった「田村式可変ノズル」を開発したのも田村。
限られた水を有効に使うためのアイディアだった。水を広角に噴 霧することで輻(ふく)射熱を遮断、消防隊の屋内進出 が容易になり人命救助につながった。さらに噴霧ノズルに接続す るホースを従来の2.5インチから2インチにしての放水時の反動を 抑制、消防士一人でも放水を可能にした。

枕元には防火衣

田村は消防団員として火災現場に飛び込む実践派でもあった。火事が起きると鉄工所の仕事は中断、社長の後を追って全 従業員が出動した。現場での消化体験から新たなアイディアが次々と浮かんだ。

八戸鉄工所の従業員から田村の養子となった現会長の幸男氏は「とにかく消防狂いで、屯所から自宅に直通電話を引き、 夜は刺し子(防火衣)を枕元に置いてねむっていた。商売上手だったとはいえないが、市民には「命を救ってもらった」 と今でも感謝される。